自己紹介(丸井英弘)

1944年9月13日 愛知県名古屋市北区で生まれ、
愛知県で一番古いといわれるえんの行者の開いた片山神社の側で育ちました。

小学校は、大杉小学校、中学校は、八王子中学校です。
高校は、香川県にある詫間電波高校です。
大学は、国際キリスト教大学と東京教育大学です。

最近、尺八・太鼓・アサラド・鈴など楽器や弓道を楽しんでいます。
弓道は、平成2年、1990年から始めました。そして、弓の弦が麻で出来ており、
弓を引いた時にでる音が弦音ーつるねーといわれていることを知りました。なお、
この弦音を鳴らす儀式を神道では鳴弦の儀と呼び、悪魔ばらいや場を清めるために行
われてきました。宮中でも皇太子が生まれたときに鳴弦の儀が行われたようです。
麻が、日本の伝統的な社会において神聖なものとして位置づけられてきたことが、この 儀式からも分かります。

私は、自然生態系に沿った自給自足型の社会が本来の日本の社会であったと思
います。伝統的な麻産業を現代的に復活させることにより、石油や木材を輸入
する必要性も無くなり、自然環境も急速に回復すると思われます。


私の大麻取締法と麻産業の現代的な復活に対する考え方は、
「麻と人類文化」第2号速報版のあとがきに書いたとおりですので、それを紹介します。


1。私は、1974年4月に弁護士登録をして弁護士としての活動を開始しま
した。弁護士になった動機は、人権の保障と環境問題に対して、法的側面から
貢献したいというものでした。
 大麻取締法違反事件を始めて受任したのは、弁護士2年目の1975年の5
月です。当時私は、大麻と麻が同じ植物であることもしらず、また大麻の作用
がどのようなものであるのかよくわからなかったのですが、大麻の所持自体は、
たとえば酒やニコチン煙草の所持と同様なプライベートなことであり、それ自
体自由であり、刑事罰で規制することは憲法13条の幸福追及権や14条の平
等権に反すると考えていました。それ以降現在までの22年間に事件数にして
150件以上の大麻取締法違反事件を担当したが、私は一貫して、大麻を刑事
罰で規制することの不合理性を訴えてきました。
 私は、弁護活動を通じ、また1980年2月には、オランダのアムステルダ
ムで開催された第一回大麻解禁国際会議に参加をして諸外国の研究者達の報告
を聞いたり、現実に大麻の個人使用が認められているオランダの実情を見聞し
て、大麻取締法は個人の趣味嗜好、思想良心の自由の根底にある意識変容の自
由を規制するものであると確信しました。
 特に、大麻が縄文の古代から日本人に親しまれてきた麻のことであり、また昭
和27年までインド大麻草が薬局方に喘息や不眠症の薬として収載されていた
こと、さらには、麻から紙ができ正倉院には麻の紙に書かれた1000年以上
まえの仏典が残っていること、そして第2次大戦前の様に日本全国で麻の栽培
を復活すれば、熱帯林を輸入する必要性もなくなり、人類にとって貴重な森を
守ることができる事を知り、大麻締法の廃止が私の弁護士としての基本的な任
務だと確信するに至りました。
 そして、現在最も大切なことは、大麻についての正確な情報の提供だろうと思い
ます。しかしながら、NHKを始めとしてマスコミは、大麻について誤解や偏見を
与える報道をしています。私がNHKに対して大麻報道の是正を求める裁判を起
こしたのは、大麻について誤解や偏見をあたえる情報を是正し、大麻すなわち
麻の有効利用を促進したいからです。

2。環境問題・エネルギー問題などを解決する力が大麻すなわち麻にはあると
思われます。麻の有効利用を産業として促進することが急務と思われます。こ
の点、麻の茎と種を有効利用するということで、本年3月31日に静岡県で麻
製品の販売をしている中山さんが静岡県知事から大麻の栽培免許を取得しまし
たが、この免許の取得は、日本において麻産業を現代的に復活する極めて重要
な契機であろうと思います。

3。NHK大麻報道是正裁判の訴状、昭和12年に栃木県にすむ新里氏と長谷川
氏によって作成された「大麻の研究」の一部そして「法学セミナー」にのった
私の論文などを掲載した資料集「大麻とは何か?大麻取締法を問う」を販売し
ています。森林の保護の観点から、表紙は麻・コウゾ・ミツマタからつくった
和紙で制作し、中味はケフナという非木材紙を使っています。
A4版56頁で定価は3600円です。ご希望の方は、次の口座に送金をしたう
えで、その送金票を0423-26-0102までファクスをしていただければ幸いです。

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