宇宙プロジェクト・地球維新・麻ネットワーク通信

東京地裁NHK大麻報道是正裁判事件第1審判決の報告
                         1997年9月20日丸井英弘


1997年9月17日に東京地裁民事40部合議係でNHK事件大麻報道是正裁判の第1審判決がありました。当初判決の予定日が7月30日でしたが、それが9月3日に延期になり、さらに再度延期されての判決でした。判決文を引用します。
裁判所は、原告らの訴えを認めませんでしたが、その中身は、大麻が「麻薬」であるのか、「汚染」と評価されるものなのかについて、だた形式的に大麻取締法があるから有害といっているのみで、大麻の具体的な作用やその有用性の中身の審理をまったくしていないものです。
私と沼倉さんが翌日控訴をしました。
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第1審判決

平成八年(ワ)第一八三三九号損害賠償等請求事件
         判 決
 長野県北安曇郡池田町大字池田四二七三
 原 告    桂 川 直 文
 東京都世田谷区若林四ー二四ー一一
 原 告    沢 田 祐 輔
 神奈川県三浦郡葉山町長柄一六四二ー一七六
 原 告    浅 田   泰
 東京都日野市程久保八二〇 東京都多摩更生園公舎ー二〇一
 原 告    沼 倉 英 晶
 埼玉県越谷市南萩島三三七四ー四
 原 告    藤 井 弘 泰
 右五名訴訟代理人弁護士  丸 井 英 弘
  同     千 川 健 一
  同     加 城 千 波
 東京都国分寺市南町三ー一八ー八
 原 告    丸 井 英 弘
 東京都渋谷区神南二ー二ー一
 被 告    日 本 放 送 協 会
 右代表者会長 海老沢 勝 二
 右訴訟代理人弁護士    柳 川 從 道
  同     室 町 正 実
  同     長 野 剛 志
  同     幸 村 俊 哉
      主    文
 一 原告らの請求をいずれも棄却する。
 二 訴訟費用は原告らの負担とする。
   事 実 及 び 理 由
 第一 請 求
 一 被告は、原告らに対し、別紙記載の誓約書を交付せよ。
 二 被告は、原告丸井英弘に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年一月一
   四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
 第二 亊 案 の 概 要
 一 本件は、かねて大麻の有益性を公表していた原告丸井英弘、同桂川直文及び同沢  
   田祐輔ならびに被告の視聴者である原告浅田泰、同沼倉英晶及び同藤井弘泰が、
   被告の放送した「若者に広がる大麻汚染」と題するテレビ番組について、これが
   放送法の諸規定に違反し、真実に反して大麻有害論の立場に一方的に偏した内容
   であったため、原告ら全員の知る権利や、原告丸井英弘、同桂川直文及び同沢田
   祐輔の大麻に関する見解の信用性と同人らの名誉を侵害した上、原告丸井英弘
   と被告との間の取材時における合意にも違反したなどと主張して、原告ら全員が
   民法七二三条に基づき、原告丸井英弘、同桂川直文及び同沢田祐輔が民法七二三
   条又は放送法四条に基づき、原告丸井英弘がさらに取材時の合意違反に基づき、
   原告浅田泰、同沼倉英晶及び同藤井弘泰が被告との間の受信契約に基づき、被告
   に対し、それぞれ別紙記載の誓約書(以下「別紙誓約書」という。)の交付を求
   めるとともに、原告丸井英弘が、名誉毀損等を理由として民法七一〇条に基づき
   又は取材時の合意違反に基づき、慰謝料支払を請求した亊案である。
 二 争いのない事実等
 1(一) 大麻取締法は、大麻の栽培等を禁止し、その罰則として、大麻を栽培し、
     輸入し、又は輸出した者を七年以下の懲役に、大麻を所持し、譲り受け、又
     は譲り渡した者を五年以下の懲役に、それぞれ処するなどと規定している。
     (公知の事実)。
  (二) 原告丸井英弘(以下「原告丸井」という。)は、昭和四九年に弁護士登録
     をなし、以後、多数の大麻取締法違反被告事件の弁護人を務めながら、同法
     が不合理である旨強く訴えてきた弁護士であり、「大麻とは何か?大麻取締
     法を問う」と題する冊子や、「法律家として大麻取締法を考える」と題する
     寄稿文などの著述がある(甲二、二五)。
      原告桂川直文(以下「原告桂川」という。)は、麻の復権をめざす会を結
     成し、「FREE TIMES 天与の薬草 大麻の真実」と題する冊子を
     発行している(甲二一)。
      原告沢田祐輔(以下「原告沢田」という。)は、原告丸井及び同桂川と同
     様に大麻の有用性を世に唱え、「STUDIO VOICE」という雑誌の 
     平成八年五月号に「大麻の歴史」と題する論文を発表している(甲二七)。
      原告浅田泰、同沼倉英晶及び同藤井弘泰(以下「原告浅田」、「原告沼 
     倉」、「原告藤井」という。)は、いずれも被告の放送番組の視聴者であ
     る。
  (三) 被告は、テレビジョン放送等を行うことを業務として、放送法に基づき設
     立された法人である。
 2 被告は、平成八年三月二七日午後九時三〇分から午後九時五九分までの間、
  NHK総合テレビにおいて、「クローズアップ現代『若者に広がる大麻汚染』追跡
  密売ルート」と題する番組(以下「本件番組」という。)を放送した。
 3 本件番組にいおいては、その司会者又は番組中に放映されたビデオテープの
  ナレーション等によって、次のような内容の発言がなされた(甲二二)。
 (一)「特に、若者を中心に急速に広がっている大麻汚染。若者はどのようにこの麻
   薬に手を染めるのか。暴力団はどう関わっているのか。大麻汚染の実体をレポー
   トします。」。
 (二)「これ(大麻)を使用しますと大変気分が高揚し、そして視覚や聴覚が過敏に
   なるとされています。しかし、多量に服用しますと、幻想や妄想に襲われまし
   て、精神錯乱状態になるともされています。」。
    「大麻は大量に使用すると、幻覚症状を現したり体にも悪い影響を与えること
   を繰り返し説明しています。」
 (三)「若者の身体に迫る大麻は、覚せい剤やコカインなど、より強い薬物への入り
   口にもなっています。」。
    「大麻を濫用するうち覚せい剤にてを染めてしまい、その中毒症状に長い間苦
   しんだ若者から話を聞きました。」。
    「今のレポートを聞いておりますと、その大麻を始めて知らないうちに覚せい
   剤までやって、どんどんハードな麻薬に手をつけていったということですから怖
   いですね。」。
   「若者がこの大麻に染まって他の薬にも手を出すようになってきますと、こう
   した高価な薬に関しても、闇の市場が膨らんでいくわけなんです。」。
 (四)「大麻の犯罪性あるいは害悪みたいなものを、もっと若年層に向けてですね、
   広報といいますか、教育といいますか、そうゆうことをしていかなければいけ
   ないのかなという風には感じています。」。
    「大麻が覚せい剤など更に深刻な薬物の入口になっていることを、それからま
   た、大麻の密売の背後には、一見分からなくても必ずその暴力団の存在があると
   いうことを、若者ですとか周辺の大人達が知っておく必要があると思います。」
 三 原告らの主張
 1 本件番組放送の違法性について
 (一)本件番組は、」大麻が麻薬であるとの見解に立って放送されている。
    しかしながら、そもそも大麻は、古来から世界中で繊維用、紙用、薬用、食用
   燃料用、建築資材用、土壌改良用などに利用され、将来的にも地球の環境問題、
   食料問題、エネルギー問題などへの有益な利用が見込まれる貴重な植物としての
   麻のことを意味している。そして、薬理学的にみると、麻薬が、強い精神的及び
   肉体的依存と使用量を増加する耐性傾向があり、その使用を中止すると禁断症状
   が起こり、精神及び身体に障害を与え、更には種々の犯罪を誘発するような薬物
   をさすのに対し、大麻は、それを使用しても耐性が上昇するとはいえず、使用を
   中止しても禁断症状を起こさないのであって、かえって時々適量の大麻を使用す
   ることは薬用として有益であり、精神及び身体に特段の悪影響を及ぼすことなく 
   大麻の使用と犯罪との間の因果関係が何ら立証されていないなどの点において、
   麻薬とは全く異質なものである。更に、法律上の定義をみても、大麻は、「大麻
   草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品をいう。ただし、大麻
   した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品を除く」
   (大麻取締法一条)と定義されており、麻薬及び向精神薬取締法二条の麻薬の定
   義と異なることは明らかである。よって、本件番組は事実に反するものである。
 (二)また、本件番組は、表題自体に「大麻汚染」という言葉を使用している。
    しかしながら、大麻は、右(一)記載のとうり、古来から有益かつ貴重な植物
   として親しまれ、日本文化のシンボルとして、第二次世界大戦前はその栽培が国
   家により奨励されてきたものであって、戦後の占領政策の下で、ようやく大麻取
   締法の規制対象とされたにすぎない。そして、かかる大麻取締法については、そ
   の保護法益とされる「国民の保険衛生上の危害の防止」という概念が抽象的であ
   り、刑事罰をもって取り締まるべきほどの具体的な弊害が認められないこと、同
   法には個人の嗜好品選択の自由を否定する側面があるほか、酒やたばこと異なり
   懲役刑という厳罰によって大麻の所持等を禁止しているという意味で、憲法一三
   条、一四条、一九条、二一条、三一条、三六条に違反していること、大麻の宗教
   儀式への利用やその栽培を不合理に制約していることが、憲法二〇条、二二条に
   違反していること、さらに、大麻に関する広告を禁止していることが、憲法一三
   条、一九条、二一条に明白に違反していることなどに照らし、全体として違憲無
   効な法律と判断されるべきものであって、現にドイツにおいては、大麻使用の解
   禁、自由化が大きく進んでいる。したがって、大麻は、汚染と評価されるような
   有害なものではない。
 (三)してみると、本件番組は、大麻が麻薬であるという事実に反する見解に立った
   上、大麻無害論の立場を顧みず、一方的に有害論の立場に偏して放送されたもの
   であって、放送法三条の二第一項三号(報道は事実をまげないですること)、四
   号(意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明ら
   かにすること)、四四条一項三号(我が国の過去の優れた文化の保存並びに新た
   な文化の育成及び普及に役立つようにすること)、一条二号(放送の不偏不党、
   真実及び自律を保証することによって、放送による表現の自由を確保すること)
   の各規定に違反するものである。
 (四)また、本件番組では、大麻輸入事件について、いまだ捜査及び判決前の段階で
   あるにもかかわらず、「大麻一・三トンを暴力団が輸入した。」などと断定的な
   報道がなされており、かかる断定的報道は、疑わしきは罰せずという刑事裁判の
   原則に反し憲法三一条、三二条、放送法一条二号、三条の二第一項三号、四号に
   違反するものである。
 2 別紙誓約書の交付請求について
 (一)原告らは、表現の自由、及びその前提である正確な情報を知る権利を有すると
   ころ(憲法二一条)、被告は、前記1記載のとうり、放送法の諸規定に違反して
   大麻有害論の立場に一方的に偏した本件番組を放送し、原告らの右権利を侵害し
   た。よって、原告らは被告に対し、民法七一〇条、七二三条に基づき、別紙誓約
   書の交付を求める。
 (二)原告丸井、同桂川及び沢田は、大麻有害論の立場に一方的に偏する本件放送に
   より、各自の大麻に関する見解の信用性及び名誉(人格権)を侵害された。
   よって、右原告らは被告に対し、民法七〇九条、七一〇条、七二三条に基づき、
   別紙誓約書の交付を求める。
 (三)原告丸井、同桂川及び沢田は、放送法四条一項に基づき、本件番組を訂正する
   放送をなすよう求める権利を有しており、平成八年四月五日、被告に対し、本件
   番組が大麻が有害であるなどと事実でない事項の放送をなし、また未だ捜査段階
   であるのに被疑者に不利益な断定的報道をしたとして、その訂正を求める請求を
   した。右原告らは、かかる権利に基づき、被告に対し別紙誓約書の交付を求め
   る。
 (四)原告丸井は、後記3(二)(三)記載のとうり、被告の担当デレクターとの間
   で大麻イコール悪、犯罪という型にはまった見方や、とうり一遍の紋切り型の認
   識で制作取材に臨むよりも、幅の広い見方で臨むこと、その前提として放送法の
   諸規定を遵守することを約束したにもかかわらず、被告は、原告丸井の見解を全
   く無視し、放送法にも違反して、同原告との前記約束に反する内容の本件番組を
   制作し、放送した。原告丸井は、被告との間の取材時の合意に反する本件番組放
   送に対し、民法四一七条、七二二条に基づき、本件番組の是正に必要な別紙誓約
   書の交付を請求し得るものである。
 (五)原告浅田、同沼倉及び同藤井は、いずれも被告との間で受信契約を締結してい
   るものであるが、被告に対し、右受信契約に基づき、放送法三条の二第一項三号
   四号、四四条一項三号、一条二号、憲法三一条、三二条に違反する本件番組の訂
   正を求める権利を有しており、かかる権利に基づき、別紙誓約書の交付を求め
   る。
 3 慰謝料請求について
 (一)原告丸井は、昭和五〇年以後、一五〇件以上の大麻取締法違反被告事件の弁護
   人を務めながら一貫して同法が不合理である旨強く訴えているものであり、大麻
   が古来から日本人に麻として親しまれ、繊維用、薬用、紙用、燃料用、建築資材
   用、食用などに利用される有益なものであることから、その所持等を禁ずる大麻
   取締法が、個人の趣味嗜好、思想良心の自由の根底にある意識変容の自由などを
   規制する違憲の法律である旨確信するに至っている。
 (二)被告の担当デレクターである原靖和は、本件番組放送に先立ち、平成八年三月
   七日、原告丸井に対し、大麻及び大麻取締法のあり方などに関する意見につき取
   材を申し込んだが、その際、とおり一遍の紋切り型の認識ではなく幅の広い見方
   で制作に臨むこと、その前提として放送法の諸規定を遵守することを表明し、約
   束した。原告丸井は、原のこのような姿勢を信頼して取材に応ずることとし、同
   月一四日、原の訪問を受けて、同人に対し、前記(一)記載の大麻の有用性に関
   する自己の見解を述べるとともに、かつてNHK教育テレビにおいて、昭和五八
   年九月二三日午後八時から午後八時四五分までの間、「若者をむしばむ大麻」と
   題する番組が放送され、右番組の表題が第二東京弁護士会の人権擁護委員会で問
   題視されたことを告げ、本件番組ではこのような不適切な表現をしないよう注意
   を喚起していた。
 (三)しかるに、被告は原ディレクターが「大麻汚染」との言葉を用いることに抵抗  
   していたにもかかわらず、本件番組に「若者に広がる大麻汚染」と言う表題を付
   し、午後九時三〇分からという視聴率の高い時間帯において、大麻が汚いもの悪
   いものという偏見を多数の視聴者に与えた上、右番組の中では、司会者らが大麻
   のことを何度も麻薬と呼び、また大麻を覚せい剤と同様なものとして放送した。
   のみならず、本件番組においては、大麻を大量に服用すると幻覚や妄想に襲われ
   精神錯乱状態になるなどと、真実に反した断定的な報道がなされたほか、大麻と
   暴力団が密接に関わっており、大麻すなわち暴力団というイメージを視聴者に与
   えたのであって、前記1記載のとうり、本件番組放送は違法なものというべきで
   ある。
 (四)被告の放送した違法な本件番組は、原告丸井の弁護士としての過去二一年間以
   上の経験に基づく大麻に関する見解の名誉、信用性を著しく毀損したばかりでな
   く取材時における原告丸井と被告との間の合意にも違反しているものであり、こ
   れによってこうむった精神的損害を金銭に評価すれば一〇〇〇万円を下ることは
   ない。
    よって、原告丸井は被告に対し、民法七一〇条又は同法四一七条、七二二条に
   基づき慰謝料一〇〇〇万円の損害賠償を求める。
 四 被告の主張
 1 別紙誓約書の交付請求について
(一)本案前の主張
   原告らが交付を求める別紙誓約書の記載内容は、大麻有害論が放送法に違反して
   いる旨宣言する部分(第一段落)、大麻密輸報道が憲法等に違反している旨宣言
   する部分(第二段落)、被告において新番組の制作を誓約する部分(第三段落)
   という三つの部分によって構成されている。
    本件はあたかも別紙誓約書という書面の交付を求める給付訴訟のように見える
   ものの、原告らは、右誓約書の
   ないから、第一、第二段落部分については、給付訴訟というより、むしろ大麻有
   害論が放送法に違反する旨の宣言又は大麻密輸報道が憲法等に違反する旨の宣言
   それ自体を求めるものにほかならず、結局、原告らは、給付訴訟に仮託して、被
   告又は裁判所に対し、本件放送番組が違法である旨の宣言的確認をもとめている
   にせぎない。してみると、原告らの右請求は、原告らと被告との間の具体的な法
   律関係の在否に関する確認請求ではなく、単に抽象的に本件番組が放送法又は憲
   法等に違反していることの確認を求めているに止まり、とりわけ、第一段落部分
   では原告らの大麻に関する見解の正当性を肯定するよう求めるものであるから、
   本件は具体的争訟性に欠けた訴えであるといわざるを得ない。
    また、第三段落部分についてみるに、本件請求は、前同様に給付訴訟に仮託し
   て、原告らの参加の下に放送番組を制作するよう被告に義務付ける宣明を求める   
   ものと解されるところ、かかる請求が、訴訟法上どのような訴えであるか判然と
   しない上、原告らが制作の参加を求めている番組の内容、参加の具体的方法など
   が特定されていないから、訴訟法上の適法な訴えということはできない。
    したがって、原告らの本件訴えは、訴えの利益がなく、又は請求内容自体が漠
   然として不特定であるからいずれも不適法として却下されるべきである。
(二)本案の主張
(1) 本件番組では、大麻を指して麻薬という用語が使われているが、これは法禁制
   の薬理作用を持つ物質の一般的呼称として用いられたものであり、麻薬及び向精
   神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(平成四年八月二八日条約第六号)
   一条n号においても、大麻は麻薬と規定されているのであるから、大麻が有害で
   あることは明らかである。
(2) 原告らの主張に係る誓約書の交付請求権は民法、放送法、受信契約のいずれに
   よっても、根拠付けられるものではない(なお、原告浅田及び同藤井と被告との
   間に、受信契約は存在しないものである。)。特に、放送法四条一項は、訂正又
   は取消の放送を求めうることを内容とするに止り、誓約書の交付を求めることま
   で許容していないから、同条に基づく請求は主張自体失当である。
    被告は、本件番組において、原告らの氏名を放送したり、その有する見解を特
   定して誹謗、中傷等を行ったりしたものではないから、被告の本件番組放送によ
   り、原告らが何らかの請求権を有するとは到底考えることができない。放送法四
   条一項に基づく請求も、「その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接
   関係人」しかなし得ないのであるから、右の点に係る原告らの主張はその前提自
   体を欠くものである。また、原告丸井の主張に係る「幅の広い見方で臨む」旨の
   被告担当ディレクターの言辞は、抽象的・一般的な取材、番組制作に関する見解
   の表明に止まることが明らかであり、法律上の権利義務関係を発生させる意味で
   の合意とはいえないから原告丸井が、これを根拠として誓約書交付請求権を取得
   する余地もない。
    よって、本権請求にはいずれも理由がなく、棄却されるべきである。
 2 慰謝料請求について
    右1(二)(2)記載のとおり、被告は、本件番組において、原告丸井の氏名
   を放送したり、その有する見解を特定して誹謗、中傷等を行ったりしたものでは
   ないから、原告丸井の名誉又は信用を毀損するものではない。また、被告担当
   ディレクターの「幅の広い見方で臨む」旨の表明は、法律上の権利義務関係を発
   生させる意味での合意とはいえないから、原告丸井が、これを根拠として損害賠
   償請求権を取得する余地はない。よって、本件請求は棄却されるべきである。
 5 争点
   本件の主要な争点は、1、民法七二三条、放送法四条、取材時の合意違反又は被
   告との間の受信契約に基づく、別紙誓約書の交付請求についての訴えの適法性、
   2、大麻が有害か否か、3、原告らの右誓約書交付請求の当否、4、原告丸井の
   慰謝料請求の当否である。
第三 争点に対する判断
 一 別紙誓約書の交付請求についての訴えの適法性について
  1 別紙誓約書交付請求は、その実質を見ると、被告において別紙のとおり記載さ
   れた誓約書を作成することを前提として、これを原告らに対し交付することを求
   めるものと解され、被告の作為を目的とする請求の側面と、有体物の引渡を目的
   とする請求の側面とを併せ有するものと考えられるところ、確かに、原告らの請
   求に係る誓約書の形式、体裁が一議的に特定されているとはいい難いけれども、
   これらは社会的常識の範囲内で想定できるのであって、加えて右誓約書に記載さ
   れるべき内容表現自体は特定されており、全体として、被告において何をなすべ
   きかが、明らかにされているから、請求に趣旨の特定に欠けるところはないとい
   うべきである。
  2 また、右請求は、前記のとおり被告において別紙誓約書を作成することを前提
   に、これを原告らに対し交付するよう求める給付訴訟であって、誓約書の交付請
   求権という具体的な権利義務の在否に関する紛争であると解されるから、これ
   を、給付訴訟に仮託して、本件番組放送が違法である旨の抽象的な宣言的確認を
   求めるものであるとか、原告らの参加の下に放送番組を制作するよう被告に義務
   付ける宣明を求めるものであるなどということもできない。なお、右誓約書の第
   三段落部分に記載された文言の具体的な表現の方策につき、原告らが制作の参加
   を求める番組の内容、参加の方法などが特定されていないという事情も、本件請
   求の趣旨が特定されているとの前記判断を妨げるものではない。
    よって、右訴えを不適法ということはできない。
 二  大麻が有害か否かについて
    前記争いのない事実等1(一)記載のとおり、法は、大麻が人の心身に有害で
   あることを前提として、大麻の栽培等を禁止し、これに対する罰則を設けており
   また、累次の判例(東京高裁昭和五五年(う)第九八九号同五六年六月一五日判
   決・判例時報一〇二六号一三二頁、最高裁昭和六〇年(あ)第四四五号同年九月
   一〇日第一小法廷決定・裁判集刑事二四〇巻二七五頁等参照)に照らしても、大
   麻の有する薬理作用が人の心身に有害であることは否定できないところである。
 三  別紙誓約書の交付請求の当否について
  1 原告ら全員の知る権利の侵害を原因とする民法七百十条、七百二十三条に基づ
   く請求について
    原告らは、放送法の諸規定に違反した本件番組放送により、表現の自由、及び
   その前提である正確な情報を知る権利を侵害されたとして、民法七百二十三条に
   基づき、被告に対し別紙誓約書の交付を求めている。
    しかるに、この点、民法七百二十三条は他人の名誉を毀損した者に対し、名誉
   を回復するのに適当な処分を命ずることができる旨規定し、不法行為に対する救
   済手段として、金銭賠償の原則(同法七百二十二条、四百十七条)に対する例外
   を定めているが、その立法趣旨は、名誉毀損等の不法行為において、金銭賠償の
   みをもってしては、被害者の財産的・精神的損害をてん補することが困難であり 
   他方、前記「適当な処分」により、毀損された社会的評価を現実に回復すること
   が効果的であることが少なくない、というにある。してみると、民法七百二十三
   条を根拠とする「適当な処分」の請求は、右立法趣旨に照らし、名誉、信用の毀
   損ないしこれと同視し得る損害に限られると解すべきである。
    そこで、これを本件について見るに、仮に、原告らが被告に対し正確な情報を
   しる権利を有しており、かつ本件番組放送により右権利が侵害されたとしても、   
   別紙誓約書の交付によって、原告らの被った損害が効果的に回復され得るものと
   いうことはできないから、前記立法趣旨に照らすと、本件において民法七百二十
   三条を適用ないし準用することはできないというべきである。
    よって、原告らの右請求は主張自体失当といわざるを得ない。
  2 原告丸井、同桂川及び同沢田の名誉毀損を原因とする民法709条、710条、
   723条に基づく請求について
    右原告らは、大麻有害論の立場に偏する本件放送番組により、各自の大麻に関
   する見解の信用性及び名誉(人格権)を侵害されたとして、民法723条に基づき
   被告に対し別紙誓約書の交付を求めている。
    しかしながら、前記二に説示したとおり、法は、大麻が人の心身に有害である
   ことを前提としているのであるから、被告が、大麻有害論の立場に則って本件番
   組を放送したとしても、右放送行為に違法性はなく、また、被告において故意又
   は過失があったものと認めることもできない。のみならず、本件番組を録画した
   ビデオテープ(甲二二)によれば、本件番組において、被告らが原告らの氏名を
   放送したり、その有する見解を特定して誹謗、中傷等を行ったりしたものではな
   いことが認められる。そうすると、本件番組放送において、右原告らの見解と異
   なる見解が述べられたとしても、そのことによって、右原告らの社会的評価を低
   下させることにはならず、右原告らの名誉、信用が侵害されたと認めることもで
   きない。なお、右原告らが本件番組に対し事実上不快感を抱いたとしても、その
   ことによって右原告らの名誉等(人格権)が侵害されたとはいえず、他に右原告  
   ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。
    よって、その余の点につき判断するまでもなく、右原告らの右請求には理由が
   ない。
  3 原告丸井、同桂川及び同沢田の放送法四条一項に基づく請求について
   右原告らは、放送法四条一項に基づき、被告に対し別紙誓約書の交付を求めてい
   るが、同条は、一定の場合に放送事業者に対し訂正又は取消の放送をすることを
   義務つけているに止り、誓約書交付請求権の法律上の根拠とはなり得ないもので
   ある。
    よって、右原告らの右請求は、主張自体失当として排斥を免れない。
  4 原告丸井の取材時の合意違反を理由とする民法四一七条、七二二条に基づく請
   求について
    原告丸井の主張は、本件取材時に、被告担当ディレクターの原との間で、幅の
   広い見方で制作に臨むこと、放送法の諸規定を遵守することを約束したにも関わ
   らず、被告は右合意に反する内容の本件番組を放送したとして、債務不履行又は
   不法行為に基づき、別紙誓約書の交付を求める趣旨のものと解される。
    しかしながら、甲一四によれば、原が原告丸井に対し、平成八年三月七日、本
   件取材の趣旨を説明するに当り、「以前、NHKの番組取材でトラブルがあった
   とのことですが、今回も番組内で直接先生のご意見を紹介できるかといえば難し
   いとしかいえません。しかし、通り一遍の紋切り型の認識で制作、取材にのぞむ
   よりも幅の広い見方でのぞみたいと思い、御相談した次第です。是非御一考いた
   だいて御連絡いただければ幸いです。」という文面のFAXを送信したことが認
   められるところ、右の表現は、番組制作の基本的方針や心構えを表明し取材を申
   し込んだというに止まり、これをもって、被告が原告丸井に対し、放送すべき本
   件番組の具体的内容又は事項等について約束したものと評価することはできず、
   他に、被告が一定内容の放送をなすべき債務を負担したとの事実を認めるに足り
   る証拠はない。 
    余って、原告丸井の主張はその前提を欠くこととなり、その余の点につき判断
   するまでもなく、同原告の債務不履行又は不法行為に基づく主張には理由がな
   い。
  5 原告浅田、同沼倉、同藤井の受信契約に基づく請求について
    右原告らは、被告との間の受信契約に基づいて別紙誓約書の交付を請求してい
   るが、このような請求権が、受信契約中のいかなる契約文言に基づくものである
   のかについて何ら主張立証しない。
    よって、右原告らの右請求は主張自体失当であり、受信契約の存否などにつき
   判断するまでもなく、排斥されるべきである。
 四  原告丸井の慰謝料請求の当否について
    原告丸井は、被告の放送した違法な本件番組が、同原告の弁護士としての過去
   二一年間以上の経験に基づく大麻に関する見解の名誉、信用性を著しく毀損し、
   また、取材時における同原告と被告との間の合意にも違反しているなどと主張し
   て被告に対し慰謝料の支払を請求している。
    しかしながら、前記三2記載のとおり、被告が、法の前提とする大麻有害論の
   立場に則って本件番組を放送したとしても、右放送行為に違法性はなく、被告に
   おいて故意又は過失があったとも認められないのであって、さらに、本件番組中
   に、被告が原告丸井の氏名を放送したり、その有する見解を特定して誹謗、中傷
   等を行ったりしたものではないから、本件番組放送によって、原告丸井が事実上
   不快感を覚えることはあるとしても、損害賠償をもって償うほどに法律上保護さ
   れるべき精神的苦痛が生じたものと認めることはできない。他に原告丸井の主張
   に係る不法行為の事実を認めるに足りる証拠はない。
    また、前記三4記載のとおり、被告が原告丸井に対し、放送すべき本件番組の
   具体的内容又は事項等につき法律上約束したとか、一定内容の放送をなすべき債
   務を負担したという事実は認めることはできないから、右事実を前提とする主張
   も理由がないというべきである。
    よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告丸井の右請求には理由が
   ない。
第四 結論
    以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することと
   し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとうり判決
   する。
               東京地方裁判所民事第四〇部
                    裁判長裁判官   永 吉 盛 雄

                       裁判官   山 田 陽 三

                       裁判官   松 井 信 憲

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誓約書
 NHKが、一九九六年三月二七日午後九時三〇分から三〇分間にわたって報道した
「若者に広がる大麻汚染」と題する番組は、標題そのものが大麻汚染という言葉を使い
また番組の中でも大麻がまやくであるとの見解にたって報道しております。しかしながら、大麻は、古
来から我が国を始め世界中で繊維用、紙用、食用、薬用、燃料用等に使われてきた人類にとって貴重な
植物である麻のことであり、麻薬ではなくまた汚染と評価される有害なものでもありません。したがっ
て、前記の「若者に広がる大麻汚染」と題する番組は、大麻について無害論や有益論が或るにもかかわ
らず、一方的に有害論の立場にたって報道したものであり、放送法第三条の二 一項三号「報道は事実
をまげないですること」、放送法第三条の二 一項四号「意見が対立している問題については、出来る
限り多くの角度から論点を明らかにすること。」、放送法第四四条一項三号「我が国の過去の優れた文
化の保存並びに新たな文化の育成及び普及に役立つようにすること。」および放送法第一条二号「放送
の不偏不党、真実及び自律を保証することによって、放送による表現の自由を確保すること。」に各違
反しております。
 さらに、右番組では、大麻輸入事件において、未だ捜査及び判決前の段階であるのに「大麻約一、三
トンを暴力団が輸入した」と断定して報道しました。このような断定的報道は、「疑わしきは罰せず」
という刑事裁判の原則に違反するものであり、憲法第三一条(法廷手続きの保証)や憲法三二条(裁判
を受ける権利)に違反し、また放送法第一条二号、同法三条の二 一項三号・四号にも違反するもので
あります。
 NHKとしては、放送法条三条の二 一項三号・四号、同法第四四条一項三号、同法第一条二号、同
法四条一項・二項、憲法第三一条、同法三二条に従い、出来る限り早急に大麻について正確な情報の提
供が出来る番組を貴殿らの参加の下に制作することを誓約いたします。
                        日本放送協会会長

原 告  桂川 直文 殿
原 告  沢田 祐輔 殿
原 告  浅田  泰 殿
原 告  沼倉 英晶 殿
原 告  藤井 弘泰 殿
原 告  丸井 英弘 殿